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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)5993号 判決 1985年6月11日

原告

浅井収

右原告訴訟代理人

小川邦保

被告

株式会社講談社

右代表者

野間惟道

被告

株式会社第一出版センター

右代表者

原田裕

右被告両名訴訟代理人

宮崎直二

主文

一被告らは、原告に対し、各自二三九万三七〇〇円及び内二三四万三七〇〇円につき昭和五七年八月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員、内五万円につき右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二原告のその余の請求を棄却する。

三訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは、原告に対し、各自六〇四万三七〇〇円及びこれに対する昭和五七年八月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告ら

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

原告は、錦絵の収集とその研究家であり、被告株式会社講談社(以下「被告講談社」という。)は、書籍の出版等を、被告株式会社第一出版センター(以下「被告第一出版」という。)は、被告講談社の出版する書籍の編集等をそれぞれ目的とする株式会社である。

2  原、被告らの間の契約の締結と慣行の存在

(一) 原告は、昭和五一年二月二〇日ころ、被告らの代理人である被告第一出版の取締役佐藤鐵男との間で、以下の内容の契約を締結した。(以下「本件契約」という。)

(1) 原告は、被告らが一二巻程度の錦絵の全集として出版を企画している「錦絵幕末明治の歴史」に、原告所蔵の錦絵六〇〇点(一巻当り錦絵約一〇〇点)を掲載することを認める。

(2) 被告らは、原告に対し、各自、原告所蔵の錦絵六〇〇点を限度とする撮影掲載料として二五〇万円を支払う。

(二) 原告は、被告らとの間の右契約の締結に際し、「錦絵幕末明治の歴史」に原告所蔵の錦絵六〇〇点を限度として撮影掲載することを認め、その撮影掲載料として二五〇万円と定めたものであるから、被告らとの間で、以下の内容の黙示の契約も成立した。(以下、「本件黙示の契約」という。)

(1) 被告らは、「錦絵幕末明治の歴史」に原告所蔵の錦絵を掲載する点数が増加した場合には、六〇〇点当り二五〇万円で算定した一点当り四一六六円(2,500,000÷600=4,166)の使用料を支払う。

(2) 被告らは「錦絵幕末明治の歴史」を出版した後に、被告らが撮影した原告所蔵の錦絵の写真フィルムを原告に引渡す。

(3) 被告らは、「錦絵幕末明治の歴史」を出版するために撮影した原告所蔵の写真フィルムを他の書籍等に使用する場合には、あらかじめ原告の承諾を得た上、その使用料を支払う。

(三) 出版業界においては、錦絵等の出版社は、錦絵等を掲載した書籍を出版した後に、同書籍に掲載するために撮影した錦絵の写真フィルムを、掲載及び契約の有無にかかわらず、錦絵の所蔵家に引渡すという慣行が存在する。

すなわち、錦絵等の所蔵家は、自らの費用で購入した上、多額の経費を負担しながら錦絵等を所蔵しており、その使用料によつてこの経費を儲つているのである。したがつて、所蔵家は、錦絵版画等を所蔵していくためにはこの使用料を確実に取得できるようにする必要があり、そのためには、出版社が撮影した錦絵等の写真フィルムの引渡を受けるという慣行が確立されているのである。

3  掲載使用料の支払請求

(一) 被告講談社は、昭和五二年二月から昭和五三年一月にかけて、錦絵一一七五点を掲載して「錦絵幕末明治の歴史」(全一二巻)を出版し、右一一七五点のうち原告所蔵の錦絵八一三点を掲載した。

(二) したがつて、原告は、被告らに対し、本件契約と黙示の契約に基づき、八一三点の掲載料三三八万七五〇〇円(813×4,166=3,387,500)のうち被告らから支払を受けた六〇〇点分二五〇万円を控除した残額二一三点分八八万七五〇〇円の支払請求権を有する。

4  逸失使用料相当額の損害賠償請求

(一) 被告らは、「錦絵幕末明治の歴史」に掲載するために原告所蔵の錦絵一九一九点(四二一八枚)をカラーポジフィルム二枚、モノクロフィルム一枚で撮影した。

(二) 被告らは、本件黙示の契約又は慣行に基づき、昭和五三年二月に「錦絵幕末明治の歴史」の出版を完了した後、原告に対し右写真フィルムの引渡義務があるにもかかわらず、右義務を履行しなかつたから、これにより原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(三) 原告は、昭和五三年三月から四年間、フォトエイジェンシーに右写真フィルム八四三六枚(4,218×2=8,436)を預け、少くともその二パーセントの写真フィルムを、一枚につき使用料二万円で貸与できた筈であるから、フォトエイジェンシーに対して支払う三五パーセントの費用を控除して算出すると、八七七万三四〇〇円

相当の得べかりし利益を失つたことになり、同額の損害を被つた。

5  貸与使用料の不当利得返還請求

(一) 被告らは、第三者に対し、「錦絵幕末明治の歴史」を出版するため撮影した原告所蔵の錦絵の写真フィルムを、使用料一枚につき二万円で貸与し、一七四万八〇〇〇円の収入を得た。

(二) 被告らは、本件契約に基づいて、右写真フィルムを他の書籍等に使用する場合にはあらかじめ原告の承諾を得た上その使用料を支払う義務があるところ、これを知りながら第三者に右写真フィルムを貸与し、原告の損失において使用料を利得したから、不当利得の返還義務がある。

(三) 被告らは、前記のとおり、一七四万八〇〇〇円の利得をしたが、経費として三五パーセントを控除すると少くとも一一一万六二〇〇円の利得をしたことになる。

6  掲載使用料相当額の損害賠償請求

(一) 被告講談社は、昭和五二年三月、「図説西郷隆盛」(全一巻)に、被告らが「錦絵幕末明治の歴史」を出版するために撮影した原告所蔵の錦絵版画の写真フィルム等を用いて、原告所蔵の錦絵三一点を掲載して出版したが、内七点(一七枚)については原告の承諾を得ないで掲載した。

(二) 被告らは、本件契約において右写真フィルムを他の書籍等に使用する場合には、あらかじめ原告の承諾を得た上、その使用料を支払う義務があるにかかわらずこれに違反して、原告所蔵の錦絵七点(一七枚)を掲載したものであるから、これにより被つた原告の損害を賠償する責任がある。

(三) 原告は、被告らに対し、「図説西郷隆盛」に掲載するについて原告所蔵の錦絵七点(一七枚)を貸与すれば、掲載料として一枚につき二万円、合計三四万円を得ることができた筈であるから、被告らの前記無断掲載により同額の損害を被つた。

7  名誉毀損による損害賠償請求

(一) 被告らは、「図説西郷隆盛」に掲載した原告所蔵の錦絵のうち一点(三枚)について、所蔵家を関口高次郎と表示した。

(二) 被告らは、過失により所蔵家の表示を誤つたものであるから、これにより原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(三) 原告は、所蔵家名を関口高次郎と表示されたことにより名誉を侵害され、その慰藉料としては七〇万円が相当である。

8  よつて、原告は、被告らに対し、本件契約と黙示の契約に基づく掲載料八八万七五〇〇円、本件黙示の契約又は慣行の債務不履行による損害賠償請求権に基づき八七七万三四〇〇円のうち三〇〇万円、不当利得返還請求権に基づき一一一万六二〇〇円、本件契約の不履行による損害賠償請求権に基づき三四万円、不法行為による損害賠償請求権に基づき七〇万円、合計六〇四万三七〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年八月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否並びに主張

1  第一項の事実は認める。

第2項(一)の事実は認める(但し、六〇〇点を限度とする点を除く。)(二)の(3)の事実は認めその余の事実は否認し、(三)の事実は否認する。

第3項(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。

第4項(一)の事実は認め、(二)、(三)の事実は否認する。

第5項(一)(二)(三)の事実は否認する。

第6項(一)(二)(三)の事実は否認する。

第7項(一)の事実は認め、(二)、(三)の事実は否認する。

第8項の主張は争う。

2  原、被告ら間の契約の締結と慣行の存在について

(一) 本件契約において、原告は「錦絵幕末明治の歴史」に原告所蔵の錦絵を撮影、掲載することを認め、被告らはその撮影掲載料として二五〇万円を支払う、というものであつて、六〇〇点を限度とするものではない。

すなわち、被告らは「錦絵幕末明治の歴史」を、錦絵の画集としてではなく錦絵を差(ママ)絵に用いた幕末明治史の解説書として編集し出版したものである。したがつて、被告らは、「錦絵幕末明治の歴史」を編集するにあたり、まず、原告ほか五七名の所蔵する錦絵を撮影し、その写真フィルムを会社に持ち帰り、次で、編集委員に写真フィルムを示し、歴史の展開に従つて錦絵を割りつけることによつて掲載するものを決めていくということになる。被告らは、本件契約を締結した昭和五一年二月ころでは、画集とちがつて、錦絵の大きさと一巻の頁数、巻数とによつて錦絵の掲載点数を確定することができなかつたのである。

(二) 被告らには、原告主張の写真フィルムの引渡義務はない。

すなわち、被告らは、昭和五一年三月から昭和五二年六月にかけて、その費用を負担して原告所蔵の錦絵版画一九一九点を撮影し、写真フィルムの所有権と写真の著作権を取得したものである。原告は、錦絵の所有権を有するだけであつて、錦絵原画の著作権を有するものではない。

三  被告らの抗弁

被告らは、昭和五六年六月三日、被告第一出版の取締役菊地康雄を代理人として、原告との間で、「図説西郷隆盛」に原告所蔵の錦絵七点(一七枚)を無断で掲載したことと右のうち一点(三枚)の所蔵家を誤つて関口高次郎と表示したことについて、被告らから原告に対し「錦絵幕末明治の歴史」を出版するについて撮影した原告所蔵の錦絵九九〇点の写真フィルム(一〇〇〇万円相当)を贈与し、原告から被告らに対し何らの請求をしない、という内容の示談が成立した。

被告らは、同日、右示談に従つて、右写真フィルムを原告に引渡した。

四  抗弁に対する原告の認否

被告らがその主張のころ、主張の写真フィルムを引渡したことは認め、その余の事実は否認する。

第三  当事者の提出、援用した証拠<省略>

理由

一当事者

原告が錦絵の収集とその研究家であり、被告講談社が書籍の出版等を、被告第一出版が被告講談社の出版する書籍の編集等をそれぞれ目的とする株式会社であることは、当事者間に争いがない。

二原、被告ら間の契約の締結と慣行の存在

(一)  原告らは、被告らとの間で、本件契約、黙示の契約を締結したと主張するので、この点について判断する。

(1)  <証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができ、以下の認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告第一出版の取締役であつた佐藤鐵男は、昭和五一年二月二〇日、被告らの代理人として、「錦絵幕末明治の歴史」の編集責任者である小西四郎ほか三名を伴つて原告方を訪れた。

佐藤は、原告に対し、被告らが一二巻程度の錦絵の全集としての「錦絵幕末明治の歴史」の出版を企画していること、一巻当りおよそ一〇〇点の錦絵の掲載を予定しており、その内およそ五〇点を原告所蔵の錦絵の中から選択して掲載し、残りを全国各地の美術館、個人所蔵する錦絵の中から掲載したいと考えていること、その掲載料として原告に二五〇万円を支払う意があることを説明し、「錦絵幕末明治の歴史」を編集するに先立つて必要とする原告所蔵の錦絵の撮影とおよそ六〇〇点ほどの錦絵の掲載を認めて欲しいと依頼し、原告は右申立を承諾した。

(2)  右認定事実によれば、原告は、昭和五一年二月二〇日ころ、被告らの代理人である被告第一出版の取締役佐藤鐵男との間で、以下の内容の契約を締結したことを認めることができる。

(イ) 原告は、被告らが一二巻程度の錦絵の全集として出版を企画している「錦絵幕末明治の歴史」に、原告所蔵の錦絵六〇〇点(一巻当り錦絵約一〇〇点を掲載し、内五〇点を原告所蔵の錦絵)を限度として掲載することを認める。

(ロ) 被告らは、原告に対し、各自、原告所蔵の錦絵六〇〇点を限度とする掲載料として二五〇万円を支払う。

(3)  更に、以上認定した事実によれば、原告は、被告らとの間の右契約の締結に際し、「錦絵幕末明治の歴史」に原告所蔵の錦絵六〇〇点を限度として掲載することを認め、その掲載料を二五〇万円と定めたものであるから、被告らとの間で、以下の内容の黙示の契約が成立したものと認めることができる。

(イ) 被告らは、「錦絵幕末明治の歴史」に原告所蔵の錦絵を掲載する点数が増加した場合には、六〇〇点当たり二五〇万円の割合で算出した一点当り四一六六円(2,500,000÷600=4,166)の使用料を支払う。

(ロ) 被告らは、「錦絵幕末明治の歴史」を出版するために撮影した原告所蔵の錦絵の写真フィルムを他の書籍に使用する場合には、あらかじめ原告の承諾を得た上、その使用料を支払う。

(4)  原告は、被告らが「錦絵幕末明治の歴史」を出版した後に、被告らが撮影した原告所蔵の錦絵の写真フィルムを原告に引渡すという黙示の契約も成立したと主張するが、先に認定した事実をもつては右黙示の契約の成立を推認するに足らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二)  原告は、出版業界においては、錦絵等の出版社は、錦絵等を掲載した書籍を出版した後に、同書籍に掲載するために撮影した錦絵等の写真フィルムを、掲載及び契約の有無にかかわらず、錦絵の所蔵家に引渡すという慣行が存在すると主張する。

<証拠>を総合すると、所蔵家の側では、撮影した錦絵の写真フィルムを所蔵家に引渡すという慣行の定着を期待しながらも、他方出版社の側ではできるだけ引渡をしないですませようとする考え方が根強く残つていることをうかがうことができる。してみれば、錦絵の所蔵家から出版社に対する写真フィルムの引渡請求権を認めることが出版業界における慣行として支持される程度にまで確立していると認めることは困難である。

したがつて、原告の右主張事実は認めることができない。

三掲載使用料の支払請求

(一)  被告講談社が、昭和五二年二月から昭和五三年一月にかけて、錦絵一一七五点を掲載して「錦絵幕末明治の歴史」(全一二巻)を出版し、右一一七五点のうち原告所蔵の錦絵八一三点を掲載したことは、当事者間に争いがない。

(二)  したがつて、原告は、被告らに対し、先に認定した本件契約と黙示の契約に基づき、八一三点の掲載料三三八万七五〇〇円(813×4,166=3,387,500)のうち被告らから支払を受けたことを自認する六〇〇点分二五〇万円を控除した残額二一三点分八八万七五〇〇円の支払請求権を有するものということができる。

四逸失使用料相当額の損害賠償請求

(一)  被告らは、「錦絵幕末明治の歴史」に掲載するために原告所蔵の錦絵一九一九点(四二一八枚)をカラーポジフィルム二枚、モノクロフィルム一枚で撮影したことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、被告らが、本件黙示の契約又は慣行に基づき、昭和五三年二月に「錦絵幕末明治の歴史」の出版を完了した後、原告に対し右写真フィルムの引渡義務があるにもかかわらず、右義務を履行しなかつたから、これにより原告の被つた損害を賠償する責任があると主張するが、原告主張の右黙示の契約の成立、慣習法の存在の認められないことは、先に認定したとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の右主張は理由がない。

五貸与使用料の不当利得返還請求

(一)  <証拠>を総合すると、被告らは、第三者に対し、「錦絵幕末明治の歴史」を出版するために撮影した原告所蔵の写真フィルムを、使用料一枚につき二万円で貸与し、一七四万八〇〇〇円の収入を得たことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  被告らは、本件契約に基づいて、右写真フィルムを他の書籍等に使用する場合にはあらかじめ原告の承諾を得た上その使用料を支払う義務があることについては、先に認定したとおりであるから、被告らはこれを知りながら、第三者に右写真フィルムを貸与し、原告の損失において使用料を利得したものということができるのであつて、不当利得の返還義務があるというべきである。

(三)  被告らは、右認定のとおり、一七四万八〇〇〇円の利得をしたが、<証拠>により、その経費として、三五パーセントを要することが認められるので、一七四万八〇〇〇円の三五パーセントを控除して算出すると、利得額は少くとも原告主張の一一一万六二〇〇円となる。

六掲載使用料相当額の損害賠償請求

(一)  <証拠>によれば、被告講談社は、昭和五二年三月、「図説西郷隆盛」(全一巻)に被告らが「錦絵幕末明治の歴史」を出版するために撮影した原告所蔵の錦絵の写真フィルムを用いて、原告所蔵の錦絵三一点を掲載して出版したが、その内七点(一七枚)の掲載について原告の承諾を得ていなかつたことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  被告らは、本件契約において右写真フィルムを他の書籍等に使用する場合には、あらかじめ原告の承諾を得た上、その使用料を支払う義務があることについては先に認定したとおりであるから、被告らは、右義務に違反して、原告所蔵の錦絵七点(一七枚)を掲載したものであつて、これにより被つた原告の損害を賠償する責任があるというべきである。

(三)  <証拠>によれば、原告は、被告らに対し、「図説西郷隆盛」に掲載するについて原告所蔵の錦絵七点(一七枚)を貸与すれば、掲載料として一枚につき二万円、合計三四万円を得ることができたものと認められるから、原告は被告らの右無断掲載により三四万円の損害を被つたものということができる。

七名誉毀損による損害賠償請求

(一)  被告らが、「図説西郷隆盛」に掲載した原告所蔵の錦絵のうち一点(三枚)について、所蔵家を関口高次郎と表示したことは、当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば、被告らは、誤つて所蔵家の表示を誤つたものと認められるから、他に特段の事情の認められない本件においては、これにより被つた原告の損害を賠償する責任があるということができる。

(三)  <証拠>によれば、原告は、「図説西郷隆盛」に掲載された原告所蔵の錦絵一点(三枚)について所蔵家名を関口高次郎と表示されたことにより所蔵家としての名誉を侵害されたものと認められるところ、その慰藉料としては五万円が相当である。

八示談の成立

被告らは、昭和五六年六月三日、原告との間で、「図説西郷隆盛」に原告所蔵の錦絵七点(一七枚)を無断掲載したことと右のうち一点(三枚)の所蔵者を誤つて表示したことについて、被告らから原告に対し「錦絵幕末明治の歴史」を出版するについて撮影した原告所蔵の錦絵九九〇点の写真フィルム(一〇〇〇万円相当)を贈与し、原告から被告らに対し何らの請求をしないという内容の示談が成立し、同日、原告に右写真フィルムを引渡したと主張する。

そして、被告らが昭和五六年六月三日に原告に対し右写真フィルムを引渡したことは、当事者間に争いがない。

しかし、被告ら主張の示談が成立したことについては、証人菊地康雄及び小松道男の証言によつても認めるに足りず、他にこれを認めうるに足りる証拠はない。

九結論

以上の理由により、原告は、被告らに対し、本件契約に基づく掲載料八八万七五〇〇円、不当利得返還請求権に基づき一一一万六二〇〇円、本件契約の不履行にす(ママ)る損害賠償請求権に基づき三四万円、不法行為による損害賠償請求権に基づき五万円、合計二三九万三七〇〇円及び内不法行為による損害賠償請求権に基づく五万円を除く二三四万三七〇〇円につき訴状送達の日の翌日である昭和五七年八月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分、内右五万円につき同様に民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払請求権を有するものと認めることができる。

よつて、原告の本訴請求は以上の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(福永政彦)

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